それは高校最後の水泳の時間が終わった直後の話し。
当時私には小学校から一緒の友達がいた。
幼馴染だ、親友ではなかったがそれなりに仲も良かった。
プールサイドで私は彼に話しかけた。
他愛のない話だ。内容だってもう覚えていない。
ただ彼の濡れた姿を見ているとなぜか「水が危ない」と思えたのだ。
そしてなぜか女性も。
理由や根拠は全くないただ唐突にそう感じたのだ。
当時彼には深い仲の恋人ができたばかりだった。彼の初めての。
それを羨んでかとその時は思った。
結局彼に自分の感じたものを伝えることはなかった。
次の日彼が川に遊びに行くのを知っていながら・・・。
1週間もすれば最後の夏休みだ。
その前小さな休み。日曜日。
私は何をするでもなく呆っとテレビを眺めていた。
2時頃急な腹痛でトイレに駆け込んだ。
真夏の暑い盛りよく1時間もトイレに籠っていたものだと我ながら思う。それだげ凄かったのだが。
トイレで座っていると誰かが私を呼ぶ。
私はそれに答えたのだ。
声の主は父だった。
父はあやふやな記憶で同級生にこんな名前いるかと尋ねる。
確か小学生の頃にはいたなと思って幾つか名前を挙げるが違うという。
小学校から一緒と言えばと思い彼の名を挙げる。
すると父は彼だと言う。
彼が溺れて死んだと。
一瞬全ての音が消しとんだ。そしてあのうるさい蝉の声だけが耳にへばりついた。
呆然としていたがさっきの父の記憶のあやふやさもあって何かの間違いだろうっとくってかかった。
しかし父はPTAの役員をしていてそれの連絡網だという。
正確には彼の遺体発見はまだだという。溺れたのは一時間ほど前だという。
市内でも名を知らぬ者がいない有名な川だ。
彼は大きな川の小さな橋から飛び込み遊びをしていて浮いてこなかったのだそうだ。
一緒にいた友人数名が連絡したそうだ。
私のほんの僅かな望みはすぐに潰えた一時間としない内に川底に沈む彼の遺体が発見された。
ただそれを憮然と聞いていた。人は意外と泣けないものだなと、ただただ天井を見ていた。
終業式の後は彼の葬式だった。
列席した生徒の中でたぶん私が一番長い付き合いになるのだろう。
他の友人諸君は献花の度に涙をこぼす。大声で号泣するものさえいる。余り親しくない者さえ。
私はただ、ただ皆を見守るだけで涙の一筋もなかった。
私は周りの状況を克明に覚えている。それだけ冷静だったのだ。
自分の余りの冷静さに自分はどこか欠陥がるのではとさえ思えた。
そんな中友人諸君の一人が教えてくれた。彼が沈んでいた場所を。
小さな橋から飛んだのは上記の通りだが問題はそこのすぐ横の地蔵尊である。
皆さんは人柱というものをご存じだろうか?
昔城や重要建築物にはその基礎に人間を埋め込んだという。それが人柱だ。
人柱は女性が良いとされた。
治水でも同じことが行われた。件の川は今でこそ反乱はしないが昔はかなりの人間を飲み込んだそうだ。
そこで人柱にされたのが先の地蔵尊の母娘。
しかもこの地蔵尊そこで余りにも水難事故が起こるので母娘の御霊を慰めるために建てられたという。
その瞬間私の中で彼の死と女性と水難が全部合わさった。
それと同時に私だけが助けられたのではと後悔が駆け巡った。
今でも時々その気持ちは湧き上がる時がある。
しかし涙は出なかった。
結局私が泣いたのは二十歳を超えた頃だ。
夢を見たのだ。釣り好きの彼と釣りをする夢。
目が覚めると涙が頬を濡らし枕も濡らしていた。
私にとって今でも熱気が上がる頃。夏は悲しみの季節だ・・・。